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ドーモすいません その2

 ドーモすいませんの第2弾は、これはドゥオーモというには発生上厳しいのですが、現在は立派にヴェネト州の司教座聖堂になっているヴェネツィアのサンマルコ寺院です。

 冒頭サンマルコ”寺院”と書いたように、ここは福音記者マルコの聖遺骸(もしくは聖遺物)をアレキサンドリアから運んできて安置した、ドージェ(総督)のための礼拝堂で公共性はありませんでした。そのためこの建物は、隣接するドージェの政庁であるドゥカーレ宮殿と繋がっています。現在の寺院は1063年頃にドメニコ・コンタリーニ総督が起工して、1090年代にヴィターレ・ファリエル総督が完成させたといわれています。東ローマ帝国との関係も深いこの地だけに、この建物もヴィザンティン建築の様式で構成され、そのためか第4次十字軍の戦利品としてコンスタンチノープルから略奪された4頭のブロンズの馬が、何の違和感もなく正面入り口上に置かれています。

 ではこの寺院が何故大聖堂になったかと言えば、そこに登場するのが以外や以外、あのナポレオンです。1897年ヴェネツィア付近のアルコレ(あるいはアルコレ沼沢地)の戦いなどでオーストリア軍を駆逐したナポレオンは、後に自らのイタリア王国にヴェネツィアを編入し、ここにヴェネツィア共和国はその歴史に終止符を打ちます。そして1807年ナポレオンは、サンマルコ寺院をヴェネトの司教座聖堂に指定するのです。僭称とはいえクリスチャン国王と呼ばれたフランス国王の後継として、フランス人民の皇帝となったナポレオンが、カトリック教会との独自の関係の中で、もともとヴェネトの大司教座が置かれたサンピエトロ・ディ・カステット聖堂からサンマルコ寺院に移したことは、彼の当時のヨーロッパ世界での位置関係を示す一つの事件でしょう。

 ともあれ第2弾として、サンマルコ大聖堂のオリエンタルな雰囲気をお楽しみください。P5010056

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ドーモすいません その1

 ニフティーの一方的なコンテンツ廃止で、2006年初頭の城崎温泉を最後に、Hpの更新ができておりません。申し訳ございません。Hpビルダーを買って作り直すには、ファイルの散逸等の諸問題があり、思い出のページを維持することが出来ません。

 ですから、今回の弱っちかった旧同盟国旅行の報告を、ブログですることとしております。その第1弾として、ドゥオーモに引っ掛けてドーモすいません3連発をお目に掛けます。1回目は世界3位の大聖堂(本当は教会堂なんですが、日本ではこちらの方がしっくり来るかも)ミラノのドゥオーモからです。

 ドゥオーモは司教座(区)聖堂(カッテドラーレ)と同義で、町を代表するキリスト教の神の家を現します。公共の場ですから礼拝の場合を含め、入場はタダです。ドゥオーモってフィレンツェだけじゃないの言われて困ったことがありましたが、先に申し上げたようにどの町、どの司教区にもある礼拝の場ですから、○○○のドゥオーモというように、イタリア全土に120を超えるドゥオ-モがあります。(Wikipedia)

 今回のミラノのドゥオーモは、1386年に大司教アントニオ・ダ・サルッツォの発願で古代からあったサンタ・マリア・デッレ・マッジョーレ大聖堂(市内の最後の晩餐で有名なサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とは別)の場所に建てられ、5世紀の時を超えて1813年に完成を見たといわれています。我々の拝観中に、祭壇の聖母子像をフラッシュを焚いて撮影していた中国の観光客を見た、イタリア人のガイドであるマルコさんが「写真を撮ってはいけない。この警告は冗談で言っているわけではない。」と鋭い形相に変わったことでも、敬虔なるクリスチャンにとって犯すべからざる、神聖なる魂の拠り所であることがわかりました。その美しい外観をご堪能ください。

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弱っちい方の同盟国に行ったんですが・・・

 えー、前回報告のとおり、WWⅡ時の弱っちい方の同盟国(イタリア)に行って来ました。カカァはバロッサ(バッグ)をミラノやローマで買い散らかしていました。トトォは「ヴォンジョルノ」「ヴォナセーラ」「ヴォナノッテ」「グラーチェ」「プレーゴ」「プレファボーレ」「スクーズィ」「ペルメッソ」「ゼロ、ウーノ、ドゥーエ、トゥーレ、クァットロ、チンクェ、セイ、セッテ・・・」「ヴィーノ デラ カーサ」などの怪しげな言葉を駆使して、何とかその場を取り繕いつつ、好き勝手にフラフラ歩き回っていました。飯はどこに行ってもうまかったです。ミラノでダニに噛まれました。不衛生です。美術品は実に最高でした。女性は顔が小さくて、とても美人で、足の長い人が多かったです。帰りに寄った強かった方の同盟国(ドイツ)は、実に清潔で、しかもトイレットペーパーは昭和30~40年代の ちり紙を思い起こさせる、硬くって真っ黒な再生紙だらけのエコ紙という、実に徹底したエコロジー先進国でした。(生産や消費は、冷え込まんのかいな?)

 その他いろいろなことを書きたいのですが、なにせ今月は今日を入れて札幌に居られる日が4日しかありません。ブログを書く暇もない忙しさは、うれしくもあり、さびしくもあり複雑です。とりあえず美しき青の洞窟の青い水の写真を置いて行きます。本格的な書き込みは来月、できれば今月できるだけ書くようにします ので、ぜひともお立ち寄りのほど願わしう存じます。

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